整骨院の先生に教えてもらった
「枯れるのが一番自然で楽です」というお話。
そうよね。
食べないから点滴、
むせるから胃から管を入れる、
痩せるから高カロリー点滴、
体重は多少戻したけれど、歩けないから寝たきり、
心臓の動きが良くないから薬を投入、
血圧が下がったから血圧を上げる薬を点滴の中に入れる…
体重は増えたけれど寝たきりの本人はただ辛いだけ。
ある女性の話で、
病気で痩せてしまった80代の母親に対して、先生から
「胃から管を入れ、栄養剤を入れないと一週間で亡くなります」と言われ、胃ろうをしてもらうことにした。
そして母親は確かに体重は増えたけれど、動くことができなかったので痴呆が進んで会話もできず、
数ヶ月すぎ、これが何年も続くことがみえて来たのでそれを抜いてもらい…
するとそれから日々痩せていく母親を一ヶ月見て暮らす地獄のような辛さに耐え…思ったのは
最初の痩せたときに、延命で胃にチューブなんて入れなければ良かったと。
先日、美容室で聞いたお話が、
食欲が落ちて、ガンがわかった父親が、治療、延命を拒否。
体が痛い、
何も食べたくない、
(本当にしんどい時は何も食べたくないという経験のある方はわかると思います)
それをそのままに。
水を飲むとむせるからしんどいし飲みたくない、
それをそのままに。
すると普通病院では痰が絡んで辛くて、痰を取るための吸引機を使って無理やりとるので苦しいのですが、その症状が出ない。
そして父親はどんどん痩せていくのですが、苦痛が減っていき、一週間後には穏やかにこの世から旅立ち…
家族も一週間で送れたことを穏やかに受け入れることができて、
「自然死っていいね」と周りの人達からも言われたと。
木も、
花も、
枯れて行くのが自然。
そして土に帰っていく。
愛する人が亡くなるという受け入れられない気持ちとの闘いを自然死という形で受け入れる方法を取ったというお話。
実は私、数年前に“枯れる”経験をしました。
病気で体重がどんどん減り、
あと少しで40キロを切るまで減り、
歩くのが精いっぱい。
強風を浴びたときに後ろに倒れそうになりました。
湯舟に浸かると体がしんどいのでシャワーにして、
とにかくずっと布団に横になっていました。
このままだと自分は死ぬのかな、という感情が湧いてきて
悲しみや苦しみやあらゆる過去の感情が自分の中でぐるぐるごちゃごちゃになったのです。
体が辛くて、
まったく食べることができなくて、
お腹が空きすぎて、
その感覚さえもなくなって、
「このままここで死んでしまうのかな?」と思ってしまったことがあって、
そうね、そうなったらそれを受け入れよう、と感じたときに、
その反対の感情も急に沸いてきて、
「今死ぬの?」という自分の声が聞こえてきて、
それなら自分の姿を今見ておこう、と思い、
鏡で自分の姿をまじまじと見てみたら、自分の顔がコケていて、
影ができていて、
手足がやせて、自分の体の皮がたるたるになっている。
すると、
これは私じゃない!というスイッチが入って、病気に打ち勝とうと決意しました。
食べたくないけれどおかゆから食べ始め、
少し体力が付いたらマンションの周りを歩き・・
徐々に距離を伸ばしていきました。
しばらくかかったけれど、今は体力も気力もしっかり戻りました。
きっとあの時
“枯れる”にしてはまだ早すぎると思ったのかもしれません。
ただ病名がもっと大きくてあきらめるしかない病名だったらあの時決意して“枯れる”をしていたかもしれません。
ですから、病気の人の気持ち、とっても良くわかります。
ただ、あの経験で“枯れる”の気持ちがわかったので、それはそれでよかったのかもしれません。
はなはなころりん、という名前を付けたのは、
あの時、あまりにも辛かったので、
それなりに人生の花をちっちゃくでも咲かせて、そのあとあるとき心臓発作とか、起きたらあの世だったとかでコロッとあの世へ逝きたいから。
病気や大きな怪我をした人と話すとみんな共感してくれます。
病院の先生に聞いても、
お坊さんに聞いても、みんな答えは同じ。
「老衰で枯れるのが一番楽な逝き方です」。
老衰ねぇ・・まだまだ先は長いわ(苦笑)